2018.7.3

暗闇の中での記憶について

マインドフルネス

僕はまるで真っ暗闇の無重力空間に、突然放り出されたような感覚でした。

朝、目が覚めたら視力が失われていて、その日の夜には僕は病院のベッドの上にいました。病院に到着してから検査やその間の待ち時間など、このベッドの上に落ち着くまで8時間ほど過ぎていたそうです。そうです、と書いたのは、僕にはその時間の感覚が残っていないからなのです。事実として8時間の時が過ぎたということは解っていても感覚として残っていないのです。

その時の記憶は断片的にしか覚えていません。それまでの僕も含めて、人が記憶をする時には「視覚」をかなり使っているのではないでしょうか?映像として、または画像としてその時の記憶を脳に保存している気がします。でも、この時はその視覚が僕にはありませんでした。

では、どんな記憶が「どんな方法で記録されているのかというと、体の感覚と感情によって記憶されているのです。

例えば、病院内を移動するために初めて車椅子に乗りました。その車椅子に座った時の感触、独特の軋む音と共に沈む自分の体。押してもらった時に頬で感じた風。不安な気持ちと、少しワクワクした気持ちが感情として残っています。わくわくしたのは、まるでテーマパークのアトラクションのようだと考える余裕があったからだと思います。

検査で初めて骨髄穿刺もしました。担当してくれたのは、この時が骨髄穿刺をするのが2回目だという研修医の若い女医さん。僕と同じか、それ以上に動揺していることをその言葉や触れた手から感じ、不安になったと同時にリラックスさせてあげなくては、という余裕が生まれたわいもない会話をしました。不思議と穿刺の前の麻酔や、穿刺した時の痛みは覚えていないのですが。

そして真夜中のベッドの上。独りぼっちになり、途方も無い不安と恐怖がまた僕に襲いかかってきました。僕は膝を抱えて丸くなり、薄い布団を頭から被り感情を声に出しながら泣きました。外から聞こえてくる看護師の足音とナースコールが、やけに大きく聞こえたことを覚えています。

さて、この時のことを思い出して怖くなることはないのか?とよく聞かれるのですが、僕は今この瞬間を感じているので、記憶は思い出せてもその時の感情に持っていかれることはありません。この原稿は冷たくなりかけたホットコーヒーを飲みながら、椅子に座ってワイヤレスキーボードを叩きながら書いています。口の中に広がるコーヒーの味、椅子の感触、心地の良い音を立てるキーボードの感触、それらが僕をこの瞬間に留めてくれることを僕は知っています。それを知るために経たプロセスを次回以降、書き綴っていこうと思います。

石井 健介

1979年生まれ セラピスト
アパレル業界を経て、エコロジカルでサステナブルな仕事へとシフト。2012年よりクラニアルセイクラルとマインドフルネス瞑想を取り入れたThe Calmというオリジナルセラピーを始める。同時進行してフリーランスの企画・営業・広報として働き始める。
2016年の4月のある朝、目を覚ますと突然視力が失われていた、という衝撃的な体験をしたが、日々をマインドフルにいき、生来の風のような性格も相まって周囲が驚くくらいあっけらかんと過ごしている。